Recording Engineer & Founder of TapeOp / Larry Crane
20年以上に渡ってエンジニアとしてアルバムをミックスするワークフローの中で、私自身、バスコンプレッサーを用いることは極めて稀であった。
それはなぜか?良い効果を得るには、長い時間をかけて吟味し続けなければならなくなってしまうので、私はより躊躇することとなってしまうのだ。個人で所有していたステレオコンプレッサーを試してみたこともあったが、決して満足のいく形に仕上がったことはなかった。私に限って言えば、バスコンプレッサーを使わずして十分納得いく状態にミックスを仕上げることはできていたので、なぜ自分のスタイルをくずさなければならないのか?と懐疑的な意見を持ち続けていたのだ。
RETRO InstrumentsのPhil Moore氏が当時開発中であった新作のデュアルチャンネル・チューブコンプレッサー「Revolver」のテスト機を私のもとに送ってくれたのだが、すぐにそれがミックスバスコンプレッサーに特化した性能であることが分かり(もちろんRevolverの用途はミックスバスに限定される訳ではない)、是非この機材が持つ性能を最大限に引き出してみたいと思いRevolverをミックスにインサートしてみた。するとどうだろう!Revolverは私のワークフローを全く変えてしまったかも知れない…
1959年にEMIスタジオ(現アビーロードスタジオ)は数台のAltec 436Bを購入し、その多くはテクニカルスタッフによって手が加えられた後にRS124として活躍していくこととなる。Beatlesの楽曲には、個別のインストトラックやサブミックスのバウンス、2ミックスなど随所にこのRS124のエッセンスが盛り込まれている。その名が示す通り、同名のアルバムを引用したであろうRETRO RevolverはRS124に着想を得て開発が行われたと思われるが、それとは全く異なるコンプレッサーと言い切れる。デュアルチャンネル仕様のコンプレッサーは非常に扱いやすく、1176あるいはRETRO社の名器176を想起させるInputとOutputの調整でゲインリダクションと出力レベルを調整する形だ。AttackとReleaseノブも思った通りのコンプレッションを得るには申し分のないコントロールができる。左右両チャンネルのスレッショルドを調整するDual Thresholdがセンターに配置されている。各チャンネルそれぞれにモノラルソースを入力するときは、このDual Thresholdは12時の位置に固定したままInputの増減でコンプレッションを調整してあげると良いフィーリングが得られる。また6dB/octで低域にロールオフを効かせられる90Hz/250Hz切替式のサイドチェーンフィルターもこの上なく使い勝手が良い。Revolverにはバイパススイッチが搭載されておらず、メーター表示もゲインリダクションのみで出力レベルを確認することができないので、場合によっては不便に感じることもあるだろう。しかし私の環境にあっては、RND 5088コンソールのST Insertスイッチで瞬時にRevolverのサウンドをA/B比較できるので、この類のインサート機能を有した機器を導入していれば全く問題にならない。
Revolverをミックスダウンにだけ使うのは勿体無い。アコースティックギターと250Hzサイドチェーンフィルターの組み合わせは最高だ。ギターをかき鳴らした時のリズミカルなダイナミクスは保ちながらがっしりとしたローエンドをミックスの中で主張させることができる。RETRO 176に匹敵するくらいにボーカルとの相性も良い。あるセッションではドラムのミックスバスにRevolverを使うことに決めた。くっきりと音の輪郭を際立たせながらもミックス全体を見渡すとドラムがきっちりとあるべき姿でおさまっている、という最高の効果を得られたからだ。
Phil Moore氏からRevolverのテスト機を受け取ったとき、私はあえてこの機材の価格を知ろうとはしなかった。ご存知の通り、RETRO Instruments製品は真空管を搭載しており、金属パーツも厚みがあり決してコストを削ることがなく、全体的に頑丈な作りとなっている。数週間のテストの後にRevolverの価格は$4,000(日本円にして約460,000円)は下らないだろうと予想したのだが、実際にはもっと手の届きやすい価格であることに驚いた。ピークを削って平均ボリュームをメイクアップするというコンプレッサー・リミッターの基本的なコンセプトをRevolverは難なくこなし、それだけでなくRevolverの色・スタイルをサウンドに加えてくれる良質な機材だ。Revolverを手にしてからミックスにはもちろんスタジオにとって不可欠なものとなり、そして何より私の心を掴んで離さない存在となった。