500シリーズ用コンプレッサー
543 モノラルコンプレッサーは、自然で音楽的なダイナミクスコントロールからブリックウォールリミッター処理まで、定評あるコンプレッサー Portico 5043 の特徴を500シリーズフォーマットで継承するものです。543 は、フィードバック/フォワードのふたつの動作モードと、ピーク/RMSのふたつの検知モード、サイドチェインハイパスフィルターを装備したフル機能のコンプレッサー/リミッターです。比類なき功績と優れた機能を継承する 543 は、豊かな温かさと柔軟さ、そして正確さを備え、世界中のサウンドエンジニアを魅了します。
カスタム設計のトランスフォーマーを装備した 543 モジュールは、スレッショルド、レシオ、アタック、リリース、メイクアップゲインをフルコントロールできます。さらにはソース素材に合わせて FF(フィードフォワード)と FB(フィードバック)2種類のVCAモードと、ピーク/RMSの信号検知モード、サイドチェインハイパスフィルター(S/C HPF)が用意されています。また、優れたトランスフォーマーカップル仕様のラインアンプとしても利用可能で、2台の 543 をリンクしてステレオソースの処理に利用することも可能です。
コンプレッサーの動作
V.C.A.とは、Voltage Controlled Amplifier(またはAttenuator)の略で、電圧を利用してゲインをコントロールします。電圧を用いたコントロールデバイスは多く存在します。真空管を使用したものや、ディスクリートのもの、統合されたソリッドステート回路、ナチュラルなノンリニアデバイスなど、それぞれの回路設計やパーツ、挙動によって固有のキャラクターを備えます。その多くは素晴らしく、魅力的かつ音楽的な仕上げを行うことができます(もちろんそうではないものもあります)。543 コンプレッサーは Portico モジュール同様に、非常に正確かつローノイズ、低歪のV.C.A.回路を搭載しており、特別なキャラクターがないのが特徴です。
V.C.A.の動作は電圧制御に適したものに変換されたオーディオ信号の一部を使用します。このことで素早い応答速度を実現しながら歪みを抑えることができます。このバランスが絶妙で、応答速度が速すぎる場合、余計なゲインコントロールが生じます。逆に遅すぎる場合は信号過多になったり、コンプレッションが信号の頭に効かなかったりします。この応答速度とタイミングの精度がコントロールパラメーターの “アタック”、イニシャルコントロールされたゲインの持続時間が “リリース” もしくは “リカバリー” パラメーターとなります。これらの要素がコンプレッサーサウンドを形成する上で大きな役割を果たします。
V.C.A.モード – FF と FB?
543 にはふたつのコンプレッションモード : FF(フィードフォワード)と FB(フィードバック)が用意されています。
V.C.A.の制御電圧を 543 の入力信号(V.C.A.の前段)から取った場合、ゲインの変化に対してV.C.A.は即座に反応します。これが一般的な “FF” タイプのコンプレッサーの理論です。
“FB” タイプのコンプレッサーは、543 の出力信号(V.C.A.の後段)をV.C.A.の制御電圧に使用します。この場合、V.C.A.はゲインの変化に対して即座に反応することができません。なぜならば信号はすでにコンプレッサー回路によって整えられているからです。このふたつのコンプレッサーモードのキャラクターは決定的に異なります。特にアタックとリカバリー(リリース)の挙動に大きな違いがあります。543 では実際に使用しながらふたつのモードから適した方、あるいは意図した方を選ぶことができます。
過去に Rupert 氏が設計したコンプレッサーのほとんどは “FB” タイプです。このモードは “FF” タイプよりも音楽的かつ心地よいサウンド効果をもたらします。逆に “FF” タイプは入力信号に対してより正確に動作します。543 では、その両方を選択することができます。
信号検知モード – ピークとRMS
543 は、Portico II Channel でも採用されているピーク/RMSの信号検知モードをフィーチャーしています – これはV.C.A.(コンプレッサー)の動作を信号レベルのピークまたはRMS(平均値)に合わせる際に選択します。”ピーク” はコンプレッサーのアタックをより早くしたい場合に便利で、ドラムやパーカッションなどの急激なトランジェントでも確実なコンプ処理を行います。”ピーク” スイッチをオフにした場合、コンプレッサーは通常のRMSモードになり、入力レベルの平均値に対してアタックとリリースタイムの設定に従って動作します。
レシオとスレッショルド
コンプレッサーはスレッショルド値を超えた信号レベルに対して作用し、1:1 から 40:1 以上の圧縮率で信号を抑えます。1:1 のレシオ設定は入力に対して何も作用せず、そのままリニアに出力します。40:1 の高圧縮率はリミッターとして使用する際に設定します。コンプレッサーのレシオは、その入力と出力の対比を表すグラフから、”スロープ(Slope)” と呼ばれることもあります。
レシオとスレッショルドは相互関係にあります。例えば、レシオを最高の 40:1、スレッショルドを 0 dBu に設定した場合、+40 dBu の入力信号(実際はありえない大レベルです!)はコンプレッサーによって +1 dBu に抑えられて出力されます。一般的に高いレシオ設定は、0dBu以上のレベル処理に適しています。例えば、スレッショルドを +14 dBu に設定した場合、出力信号のレベルが +14 dBu 以上になるのを抑えます。とくにデジタルレコーダーに信号を送る際のレベル過多を防ぐのに有効です。このように出力レベルを抑える場合、例としてレシオを 5:1 に設定しスレッショルドを 10 dB にしておけば、10 dB 以上の信号は 2 dB に抑えられて出力されます。
スレッショルドの設定範囲は -30 dB~+20 dBu になります。スレッショルド値が低く、レシオ値が高い場合、低い信号レベルはさらに低く抑えられますので、ゲイン(メイクアップ)でコンプレッサーによって抑えられた分のレベルを持ち上げる必要があります。
アタックタイム
アタックはコンプレッサー回路がレベル圧縮を開始する時間を決定します。アタックタイムを長くした場合、サウンドの頭を外したコンプレッションが行えます。つまり、入力されたサウンドの短いピークにはコンプレッサーは効かず、音本来のトランジェントを活かした、自然なコンプ効果を得ることができます。しかしながらこのテクニックは、後に接続されている機器に抑えられた適切なレベルが送られない場合があります。とくにデジタル機器では意図しないオーバーロードは厄介ですので、注意しましょう。非常に短いアタックタイムに設定した場合、サウンドのトランジェントを取り除き、サウンドに不自然さを招く場合があります。中にはトランジェントが極端に速く、サウンドへの影響がほんのわずかな場合もあります。このようなケースでは、長いアタックタイム設定をすることでコンプレッサーが機能する前のトランジェントピークが終了し、ゲインがほとんど抑えられていないことになります。この部分のレベル過多が顕著になると前出のオーバーロードを招く可能性があります。しかしながらどんなに速い回路であっても、多少何らかの歪みを持っています。これがほんのわずかなものであれば、例外として音楽的な結果をもたらす要因となることもあります。
適切なアタックとリリースの設定は、コンプレッサーのすべてと言えます。コンプ/リミッターの原理法則を理解することで 543 を適切なダイナミックレンジコントロールをするためのパワフルなツールとして扱えるようになります。結果、音楽的に素晴らしい結果を得ることになるでしょう。
リリース(リカバリー)
リリースは信号レベルがスレッショルド値以下に下がった際に圧縮を終了するまでの時間を設定します。リリースタイムを短く設定した場合、素早く元のレベルに戻ります。この設定が短すぎる場合、レベルの変動は不自然になり、時として音量が極端に増減する “ポンピング” 効果を生み出します。このような効果は特に信号の低域で顕著になることがあります。リリースタイムを長くすることで、信号レベルが一定になります。とくに低いノートやスピーチの音節の繋がりを自然に処理する際に有効です。
ここまで、543 がどのように信号の音量を扱うのか、例やヒント、注意点を交えて解説をしました。しかしながら実際の信号レベルは常に変化し、一定ではありません。従って、実際に音素材を扱いながら、最適な設定を見つけることをお勧めします。ソース信号の音量、ピークの長さに合わせ、不自然にならないように設定をしましょう。経験に勝るものはありません。良い音がするセッティングにチャレンジしましょう!